2022年1月9日

主の教えを喜びとし、昼も夜も、その教えを口ずさむ人。その人は、流れのほとりに植えられた木。時が来ると実を結び、その葉は枯れず、そのなすことはすべて栄える。

詩篇1篇2~3節

敬拝

  • 賛美 主のご栄光をほめたたえます
  • 祈り
  • 勧め 「主を迎える幸い」ヨハネによる福音書2章1~11節
  • 献金
  • 報告
  • 頌栄
  • 祝祷

教会からの報告・案内

  • 本日2022年1月9日から1月31日まで、沖縄県の「まん延防止等重点措置」が発令されました。教会でも、感染防止対策のために礼拝を配信へ切り替えます。配信がご覧いただけない方は、感染対策をしてお集まりください。
  • 早朝礼拝は引き続き行います。
  • 1月のビジョン会は中止します。

ディボーションノート「水路のそば」

1月10日(月)イザヤ書3章1〜26節
1月11日(火)イザヤ書4章1〜6節
1月12日(水)イザヤ書5章1〜30節
1月13日(木)イザヤ書6章1〜13節
1月14日(金)イザヤ書7章1〜25節
1月15日(土)イザヤ書8章1〜22節
1月16日(日)詩篇90篇1〜17節

この新型コロナウイルスが制されるように心からお祈りいたします。
愛する皆様の健康が守られますように。

メッセージ

主イエスを迎える幸い

ヨハネによる福音書2章1〜11節

主イエスが、その宣教の開始にあたり、最初の奇跡として「カナでの婚礼」が描かれています。その規模、招待者の人数等は書かれていませんが、母マリヤは台所の責任者であったようで、イエスも弟子たちと共に招かれていました。当時の弟子は6人です。

・奇跡 ー 神がなさることはみな奇跡です。人が理解できるか、あるいは常識的かなどは関係なく、主のみわざは奇跡そのものです。

この奇跡は、ヨハネの福音書1章51節の、信じる時、やがて見る「天が開けて、神の御使いたちが人の子の上を上り下りする」ことを受けています。それは、天と地がつながれる時が来る預言でもあります。御国が地上にも実現するのです。

祝宴は、新郎の家で、長い時で一週間くらい続きました。その間の飲食は、新郎が準備する必要があったのです。

この時は、途中でぶどう酒がなくなりました。それは、新郎にとって恥ずべきことでした。最初にマリヤが知り、世話役に知らせます。しかし、マリヤはイエスに知らせたのです。イエスは、母に向かって「女の方、あなたはわたしと何の関係がありますか。わたしの時はまだ来ていません。」と驚くべき返答をします。マリヤにとってイエスは我が子です。親子です。ですが「関係がない。」とイエスから言われたのです。

それは、やがて天の御国に集められ、神の民、家族として関係が結ばれることの預言であり、その時は「まだ来ていない」、それはやがて来るという福音です。母マリヤは、給仕の人たちに「あの方が言われることは何でもしてください。」と言いました。

1.みことばに従う祝福

この物語で大切なことは、「神のことばを受け入れ、従うこと」です。神の祝福は、環境でも感情でもなく、みことばに従うことによってもたらされます。マリヤは、給仕の人たちに「イエスのことばに従いなさい。」と言いました。給仕たちは、イエスのことばどおり、置いてあった水がめに「水をいっぱいにし、世話役のところに持って行った」。給仕たちは、理解できなかったと思います。必要なのはぶどう酒で、水ではありません。どうして水がめに水を入れるのか、また世話役に持っていったら、どうして水なんか持ってきたのか、馬鹿にしているのか、と怒られるかもしれません。しかし、給仕たちは従いました。「イエスのことば」にです。

みことばに従う祝福は、ピリピの宦官に行った「主イエスを信じなさい。そうすれば」とあり、どうして信じることによって救われるのかなどわからなかったでしょう。また、イザヤ書43章4節の「あなたは高価で尊い。わたし(神)は、あなたを愛している。」と言われても、到底、そう思えない自分がいます。しかし、信じるのです。また、問題が起こったら、何とか解決してくださいと祈ります。この場合、願いの応えはぶどう酒です。ですが、主は水を用いられました。主よ、水ではなく、ぶどう酒です、と言いたいところです。給仕は、水を運びました。その途中、中身はぶどう酒に変わっていました。世話役が確認した時にはぶどう酒、それも最上のぶどう酒に変わっていました。世話役は、花婿を呼んで「よく最後のほうでよいぶどう酒を出しましたね」と誉めています。花婿は、心配から喜びに変わったでしょう。

2.時間の奇跡

ぶどう酒は、ぶどうの実から作ります。実は枝になり、枝は幹に、また一粒の種から始まります。種は水を吸い上げて成長します。イエスは、この何年もかかる過程を、瞬時に行われたのです。5000人の給食も同じです。聖書では「水」はみことば、ぶどう酒は「聖霊の働き」を意味します。みことばを用いて聖霊が働かれるのです。

3.主を招く奇跡

この祝福の奇跡は「イエスを招いたこと」です。自分に、家庭に、祝宴に、幸いは「イエスを招く」ところから始まるからです。